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「問い」を創造するためのナレッジ・マネジメント

WIRED日本語版の編集長をされていた若林恵さんの著書「さよなら未来」に、こんな一節がある。


完全無欠にして最終的な「正解」が未来にはある、と考えることこそ最も危険な未来論である、というのが最近のぼくのお気に入りの未来論だ。長い過渡期にあってすべては過渡的だ。なので、どこまで行っても問題は常にある。ということは見出されるべき解決策もその都度あるということだ。そしてそれを探すのは、ほかでもない、ぼくら自身なのだ。 (さよなら未来、p217)



これは、ナレッジ・マネジメントについても言えるのではないだろうか。

ナレッジ・マネジメントはしばしば、ある答えを提示してくれる夢のような仕組みとして捉えられることがあるが、そうではない。 正しいように思われるナレッジであっても、それはある条件・ある時点においてそう思われるだけである。それが時を経ても正しいものであるとは限らず、正しいと思われるナレッジも永遠に問い続けられるべきものである。 この点において、まちづくりの分野から生まれた「パターン・ランゲージ」の考え方が非常に参考になる。

パターン・ランゲージとは

パターン・ランゲージは建築家クリストファー・アレグザンダーが提唱した概念で、ある事象に関する知識記述の方法論である。アレグザンダーは建物や町において繰り返し現れる構造を「状況(コンテキスト)」「問題」「解決」という形式によって253のパターンで定義したが、その方法論は建築の分野にとどまらず、ソフトウェア開発の分野にも応用されている。
このパターン・ランゲージについて井庭は「自分たちで考えるための新しい支援の方法」「創造的な未来をつくるための言語」と指摘する。つまり、単にある知識(パターン)を固定的・静的なものとして定義するということではなく、動的な知識創造プロセスであるところに特徴がある。アレグザンダー自身も自らの著書の中で、「本書を糸口にして、自分自身のパタン・ランゲージを自覚し、改良していくことを願う」「パタンは生き物であり、進化していく」「253のパタンは、どれも依然として仮説であるーーーだから、すべてのパタンは暫定的であり、新しい体験や観察の影響のもとに自由に進化する」と書いているが、実にナレッジ・マネジメントの本質を捉えていて、ナレッジ・マネジメントについての説明かと思わされるような表現である。

※パターン・ランゲージー創造的な未来をつくるための言語(慶應義塾大学出版会)

※パタン・ランゲージー環境設計の手引(鹿島出版会)

パターン・ランゲージの特徴

このようにナレッジ・マネジメントと共通点があると思われるパターン・ランゲージであるが、具体的にどのように知識を記述し、活用しているのだろうか。 以下では、ナレッジ・マネジメントにおいても参考になるパターン・ランゲージの考え方について整理したい。

トップダウンではなくボトムアップで構築されたもの
1点目は、パターン・ランゲージが、抽象的な理論から言語化したものではなく、実際の生々しい経験・リアリティからパターン化したものであるということである。中埜博によれば、アレグザンダーは「実際の仕事を進めながら、1つずつパターンをつくって」いくというアプローチをとっており、「パタン・ランゲージ」の原型も、アレグザンダーがペルーの集合住宅に実際に住むことを通じて作り上げられたという。このあたりの考え方は、川喜田二郎が提唱したKJ法に繋がるものがある。KJ法も現場の観察を重視し、ひとつひとつの観察結果を結びつけていきながら、結果として全体的な構造を明らかにしようとする。

※パターン・ランゲージー創造的な未来をつくるための言語(慶應義塾大学出版会)、p66

※中埜は自らが実際のまちづくりの中でパターン・ランゲージを構築した内容を「パタンランゲージと合意形成プロセスルール」「「まちづくり」から「まち直し」へ/パタンランゲージと「修復の原理」」「南紀白浜の例―部分の実現から全体像へ」など何冊かの書籍にまとめている。これらは、実践の様子が具体的に記述されており、パターン・ランゲージを作るプロセスを理解するのに非常に参考になる。

文脈(コンテキスト)を持たせていること

2点目は、各パターンを整理する際に、そのパターンのコンテキストを規定する記述を入れるフォーマットになっていることである。ナレッジ・マネジメントの問題として、あるナレッジが整理したとしても、ナレッジを活用する文脈が共有されないためにナレッジが活用されないということがあるが、パターン・ランゲージのアプローチはその問題を解決する。

パターンとパターンの関係性が表現されていること

3点目は、各パターンが単独で存在するのではなく、パターンとパターンの関係性が表現されていることである。これにより、ボトムアップに積み上げてきたパターンがバラバラなものではなく良い意味での全体性を持つことができるとともに、各パターンの文脈(コンテキスト)や物語性がより豊かなものになる。

反証可能な仮説

最後は、パターン・ランゲージが反証可能な仮説であるということである。
パターン・ランゲージは、感覚的・暗黙的に共有されていたものを「仮説」として言語化することで、反証可能な状態を構築する試みである。あるパターン・ランゲージには絶対的な正解はなく、実際にプロジェクトを行っていく人により取捨選択されたり、再構築されるものであるということをナレッジ・マネジメントも忘れてはいけないだろう。と同時に、仮説であるからこそ、特に学術研究ではなく組織でパターン(ナレッジ)を構築していく場合には、作られるパターンの客観性を過度に意識する必要はない。まずは各自が行っている業務を可視化することがパターン化の第一歩であり、後は実際の業務を行う中で改善していけばよい。

「問い」を創造するためのナレッジ・マネジメント

以上、パターン・ランゲージの概要をナレッジ・マネジメントとの関係で整理したが、最後に、これらが現代社会に持つ意味において考えたい。

この記事の冒頭で紹介した「さよなら未来」から、ふたたび一節を参照したい。


新しいテクノロジーは、過去の「あたりまえ」を、どんどん相対化していっていまう。(略)それはつまり、人間をめぐる思いもよらなかった新たな「問い」(「答え」ではなく)が、むしろこれからわんさかと出てくるということを意味するはずだ。 (さよなら未来、p266)



ここで言われている「新しいテクノロジー」は「新しい情報」と置き換えても良いだろう。

これからの時代はますます、新たな情報が過去の「あたりまえ」を相対化し、新たな「問い」がわんさかと出てくる時代になるかもしれない。それは混沌とした社会になるようなイメージもあるが、「問い」が生まれることは悪いことではない。むしろ、「問いがわからない」という状況こそ、「答えがわからない」という状況以上に苦しいのである。なぜなら、「答え」ではなく「問い」こそが我々が生きる活力の源泉だからである。だとすると、パターン・ランゲージやナレッジ・マネジメントを「情報やナレッジの創造を通じて、『答え』ではなく『問い』を導くもの」として再認識した上で、「『問い』を問い続ける」という態度が「何をしたらよいかわからない」というこれからの時代には必要になるのではないかと思う。



(執筆:米山知宏

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