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永久の未完成これ完成である

宮沢賢治の言葉の中に、「永久の未完成これ完成である」という有名なものがある。
今から100年も前の時代にあって、どれだけ先見的な考え方を持っていたのだろうと思う。

我々はどうしても、何らかの創作物を不完全な状態で出すことに抵抗感を持ってしまうが、宮沢賢治でさえも「完成はない」という考えを持っていたということには逆に勇気付けられる。我々が作るものは、宮沢賢治の作品以上に「永久の未完成」である。

「永久の未完成これ完成である」という言葉が書かれていたのは「農民芸術概論綱要」という作品の中である。この作品は「芸術」について語ったものであるが、いまの時代の経営論・組織論として読みたくなる言葉に溢れている。以前このブログで論じた「ホラクラシー」は、個人個人の感性や主体性を活かしながら個と全体を統合していく生命体のような組織モデルであったが、「農民芸術概論綱要」で論じられている内容もそれと共通するものがある。


※農民芸術概論綱要は、青空文庫から読むことができるので、参照いただきたい。

  • 自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
  • 正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
  • 無意識即から溢れるものでなければ多く無力か詐偽である
  • 誰人もみな芸術家たる感受をなせ
  • 個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
  • 永久の未完成これ完成である



正しいと思われるナレッジも、ある状況においてそう思われるだけであり、永久の未完成である。科学的理論ですらそうである。
組織も同様である。ヒエラルキーの弊害は、組織構造そのものではなく、自らが「永久の未完成」であることを認識できなくなったことではないだろうか。であるならば、いま正しいように思われるティール組織やホラクラシーも同様の誤ちを犯す可能性は十分にある。

「永久に未完成」という認識を持ち、問い続けるプロセスの中にしか「答え(完成)」は存在しない。



(執筆:米山知宏

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