プロジェクトマネジメント・ナレッジマネジメント・組織づくりについてコパイロツトが
日々の実践を通じて考えていることをお伝えするメディア

実験の民主主義(宇野重規、若林恵) [連載:プロジェクトを両利きでマネジメントしていくための1冊]

この記事は、「両利きのプロジェクトマネジメント ――結果を出しながらメンバーが主体性を取り戻す技術」(2025年6月16日発売)に関係が深い書籍を紹介する連載記事です。
現代のプロジェクトに必要なのは、タスク管理やスケジュール管理だけでなく、チームで物事を進めていくための技術であり、そのためには、これまでプロジェクトマネジメントの中であまり目が向けられてこなかった各種の知見にも目を向ける必要があります。
この連載では、プロジェクトマネジメントの理解を深め、みなさんがプロジェクトをマネジメントしやすくなる書籍を紹介していきます。

この記事で扱うテーマは「民主主義」です。
民主主義という言葉を見て、プロジェクトマネジメントに一体なんの関係があるのかと思われる方もいらっしゃるでしょう。
たしかに、民主主義を「選挙」という意味で読んだならば、プロジェクトマネジメントとは関係はありません。しかし、民主主義は選挙だけを意味するのではありません。自分たちの社会やまちを自分たち自身で作っていくこと、問題があれば少しでも自らが手を動かして解決しようとすること。これらも、紛れもない「民主主義」なのです。

「様々な思いを持った他者と、どのように関係を構築しながら、まちや社会をつくっていくか」

民主主義が向き合ってきたこの問いは、程度や規模は違えど、プロジェクトマネジメントにも共通しています。
この記事では、『実験の民主主義』(宇野重規、若林恵)を紹介しながら、他者と物事を進めていくことを探究してきた民主主義からプロジェクトマネジメントのヒントを探っていきたいと思います。ロジックや合理性だけでよい社会が作れるわけではないという「ままならない現実」に向き合ってきた民主主義から学ぶところは多いはずです。



『実験の民主主義』の概要

本書は、政治思想家である宇野重規さんと編集者である若林恵さんとが民主主義について語り合った対談本です。
その内容は、本のサブタイトルにもあるように、かつて『アメリカのデモクラシー』を書いたトクヴィルの思想から、現代のデジタル時代の民主主義のあり方まで幅広く民主主義を捉えた1冊です。
最初からお読みいただくことで、「みんなで社会をつくっていくということはどういうことなのか」「どのように社会に関わっていったらよいのか」ということを深く考えることができるでしょう。



「自由に援け合う術を学ばない限り、誰もが無力になる」

民主主義に対してみなさんはどのようなイメージを持っているでしょうか。一般的に私たちは、「自立した個人個人が、適切な情報に基づいて理性的な判断・行動をすること」というようなイメージを持っているのではないかと思います。

実際、文部科学省が整理した「主権者教育で育成を目指す資質・能力」においても、「公正に判断する力」や「自立した主体として、(略)主体的に参画しようとする力」が主権者に必要な能力として定義されています。

出典:https://www.mext.go.jp/content/220922-mxt-kyoiku01-000025143_3.pdf

これは、社会や政治に参画していくためには個人の資質と能力が必要であるというメッセージになっているわけですが、宇野さん・若林さんもこのような捉え方に対して違和感を唱えています。

民主主義についての議論では「市民のリテラシーの向上が大事」といったことがよく語られますが、聞くたびにこの言い方が引っかかります。 というのも、統治する側のレベルに市民のリテラシーを引き上げない限りは、市民に参加させちゃダメだよね、と言っているようにも聞こえるからです。

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、117ページ)

確かに、より良い民主主義を実現していくうえで、私たち国民・市民それぞれが思考力・判断力などを育み、自立した主体として正しい判断が行えるようになることを目指すことは必要なことでしょう。それ自体は問題ではありません。
しかし、人間誰しも完璧な存在ではないのであり、完璧な思考力・判断力を持つことも不可能です。

では、どうすればよいのか。
これに対する答えとして『実験の民主主義』から得られるヒントは、「お互いに助け合うこと」「お互いに依存すること」「やってみること・実験すること」です。

宇野さんと若林さんは、トクヴィルのこの言葉に言及します。

ところが、民主的な国民にあっては、市民は誰もが独立し、同時に無力である。一人ではほとんど何をなす力もなく、誰一人として仲間を矯正して自分に協力させることはできそうにない。 彼らはだから、自由に援け合う術を学ばぬ限り、誰もが無力に陥る。

出典:『アメリカのデモクラシー 第2巻(上)』(トクヴィル、岩波書店、2008年、190ページ)

トクヴィルはこの文章を1800年代に書いていましたが、「自由に援け合う術を学ばぬ限り、誰もが無力に陥る」というのは今なお重要な指摘です。先ほどの「主権者教育で育成を目指す資質・能力」が個人の能力の問題だとすると、トクヴィルのこの言葉は他者との関係性の問題と言えますが、現代社会も必要としている指摘でしょう。

本記事で扱うプロジェクトマネジメントにおいても同様です。私は『両利きのプロジェクトマネジメント』で、「協力」することの重要性を以下のように指摘しましたが、プロジェクトにおいても、協力する術、援け合う術に目を向けていく必要があると感じています。

実は私たちは「協力して物事を進めていく術」を知らないのです。「協力することが大事だ」というメッセージを耳にする機会は多い一方で、実は協力するとは具体的にどのようなことなのかを知らないのです。プロジェクトマネージャーだけが知らないのではありません。その上司も、またプロジェクトメンバーも皆、知らないのです。唯一知っているのは、上司が部下に指示を出して、部下は上司の期待に応えようとする協力の形だけです。これはこれで1つの協力の形と言えるかもしれませんが、一方で、それだけで対応することの限界を読者のみなさんも感じられているでしょう。プロジェクトがより価値を生み出していくためにはプロジェクトメンバー全員が創造性を発揮していかなければならないし、そのための協力の形が必要なのです。

出典:『両利きのプロジェクトマネジメント』(米山知宏、翔泳社、2025年、4ページ)

以降では、以上のようなことも含めて、『実験の民主主義』からプロジェクトマネジメントへのヒントを見出していきたいと思います。



依存すること

私たちは「依存しない自立した個人」であることを求められてきました。他人に頼ることなく、なんでも自分でできるようにならなければならないと。しかし、宇野さん・若林さんは、そのスタンスの矛盾を指摘し、むしろ「依存が自由の条件」であるといいます。

  • 近代の政治原理のなかで最も有名な「社会契約論」の「誰にも依存していない独立した個人が、自立的に契約を結んで政治共同体を作る」という理屈には、正直、スタート地点からかなりの無理があります(『実験の民主主義』271ページ)
  • 誰かに依存し、頼っているのに、依存したり頼ったりしていることを認めたくない。これは近代の自立的な個人をめぐる物語の宿命的な問題点だと思います(同272ページ)
  • 当事者研究の第一人者、熊谷晋一郎さんの有名な言葉に「自立というのは依存先を増やすこと」というものがあります。(略)依存先が少ないと自由はかえって制限され、場合によっては依存先に支配されてしまう。そう考えると、「自由」と「依存」は対立的な関係にあるのではなく、現実的には、むしろ補完的な関係ですよね(同272ページ)

これらは、社会における私たち個人の存在のあり方について論じたものですが、プロジェクトという小さな単位に置き換えても、同じことが言えるのではないかと思います。
目の前のプロジェクトの中で、もっとお互いを頼ってみたらどうなるでしょうか?
頼ってみることで、各自が持っている創造性や経験してきたことが、より自由に発揮されるようにならないでしょうか?

自分でなんとかするという「自立」を志向することは当然素晴らしいものです。 ですが、同時に、積極的に頼る、依存するということができたならば、プロジェクトの可能性はもっと広がっていくのではないかと思います。

人は依存しながら生きているし、逆に言えば、自分もどこかで人に頼られている

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、272ページ)



「分担」ではなく「持ち寄る」

だからこそ、社会で生活を営んでいくときも、そしてプロジェクトを共に推進するときも大事になるのが「各自が持っているものを持ち寄る」ということです。別の言い方をすれば、自分が持っていないものは他者が持ち寄ってくれるものを頼りにしようということです。

宇野さんと若林さんは、「持ち寄ること」についてこのようにお話されています。

「シェア」というと「分配」をすぐに思い浮かべてしまいます。でも、「持ち寄る」ことだと認識すれば、「贈与」や「相互依存」なんていう堅苦しい言葉を使わずとも、違った感覚で民主主義をイメージし直すことができるのかもしれません。
(略)
食事の話にもつながります。みんなで「持ち寄る」は、必ずしも具体的な食べ物でなくても、食事を作るお手伝いや、テーブルセッティングや片付けでもいいのかもしれません。その場を支えるために必要なことを、それぞれができる範囲で持ち寄ろうということですよね。「分担」ではなく「持ち寄る」。

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、275〜276ページ)

この点は、プロジェクトマネジメントにおいても非常に重要な指摘です。
プロジェクトでは、しばしば会社から期待されていることがあって、それに応えればいいという気持ちを持ってしまいがちです。もちろん、他者からの依頼で行われるプロジェクトがある以上、そのような気持ちを持つこと自体が悪いということではありません。
しかし、そのプロジェクトをもっとよいものにしていくためには、プロジェクトに関わる誰もが、自分が持っているものを持ち寄ることが不可欠です。

『両利きのプロジェクトマネジメント』では、プロジェクトのゴールやプロジェクトストーリーを描く際に、過去の経験などを共有する時間をとることの重要性を指摘しています(第6章「プログレス:プロジェクトストーリーを描く」)。

決められた役割を分担するのではなく、「こういうものもあるよ!」「こういうこともできるよ!」というものを持ち寄る。情報でも、過去の経験でも、小さな気づきでもよいので、なんでも持ち寄る。
そのような振る舞いが、プロジェクトをよりよいものにしていくだけでなく、そのプロジェクトをみなさん自身のためのプロジェクトにしていくことでしょう。



「実験」の時間

では、そのように「持ち寄った」ものをどうするか。
それは「実験すること」「やってみること」です。

宇野さんと若林さんは、このようにお話されます。

これまでの民主主義の議論は、選挙の話も含め、つねに「意思決定に参加できるのかどうか」を問うもので、それはひたすら「頭」の話です。そこには「手」の話が出てきません。私は宇野さんのプラグマティズムの議論を、「頭の民主主義」から「手の民主主義」への移行として読みたかったりもします。

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、247ページ)

ルソーの一般意志もそうですよね。社会の一般意志を実現するものとしての民主主義というモデルです。一般意志の前提には「人間は意志があって初めて行動ができる」という考えがあります。他方でプラグマティズムによれば、行動のあとに「自分はこういうことを意志していたのだな。こういうことを自分はしたかったのだ」と、事後的に自分の意志がわかることもある。意志は絶対ではなく、むしろプラグマ=実践、行動のあとに、意志がついてくるという考え方です。

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、247〜248ページ)

全部のことを知っている万能な人なんているわけがない。人間誰しも間違えるし、(略)であればこそ、奥せずに「やってみる」。

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、271ページ)

雑に言ってしまえば、「正解はわからないのだから、まずはやってみながら、正解を探していこう」ということです。

プロジェクトの中で、この「やってみる」ということをどう捉えていくとよいか。
実は、私たちはこれまでも当たり前のように、プロジェクトの中で「やってみる」ということを実施してきているように思います。
たとえば、「正しいかどうかわからないけど、アイデアを付せんに書いてみる」とか、何かしらの資料を作成しなければならないときに「手書きでたたき台を作成してみる」というようなことです。
このような「〜〜してみる」という行動に一歩踏み出すことで、そこから気づくこと・得られることがあり、プロジェクトにおけるとても重要な「やってみる」であるはずです。

この「やってみる」に関連してもう1つ重要なことは、「やってみたこと」「実験してみたこと」をみんなで共有していくことです。

ある実験をみんなで繰り返していくことで、さまざまな試行錯誤が共有の体験となっていきます。それは、大げさに言ってしまえば「歴史の共有」なのではないかと思います。そこで重要なのは、実験の「結果」ではなく、むしろ共有されたプロセスであり、時間です。
逆に言えば、いまの現状の政治の話は、時間やプロセスに対する感覚があまりに希薄であるように感じます。「やってみた」を繰り返して、失敗も含めて共有知とするという発想が入る余地がない。つねに「正解」を探し、うまくいかなかったら、ただ忘れる。

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、280ページ)

これは、民主主義や政治に対するメッセージですが、プロジェクトにおいても重要な指摘です。
プロジェクトも、目の前のことに対処して終わりではなく、その経験(=歴史)を共有することであり、共有するための時間をとっていくことが欠かせません。なぜなら、私たちはまた次のプロジェクトに関わっていくことになるからです。「ただ忘れる」ということを繰り返してしまったならば、次のプロジェクトがうまく行きにくくなってしまうでしょう。
『両利きのプロジェクトマネジメント』の中でも、「過去ー現在ー未来」の時間軸の話をしたり、第9章で「学び」(ラーニング)について言及しているのも、まさに同じような問題意識を私も感じていたからです。



民主主義からプロジェクトマネジメントを考えてみよう

以上、宇野さんと若林さんによる『実験の民主主義』から、プロジェクトマネジメントへのヒントを考えてきました。
民主主義は過去に膨大な実践と研究の蓄積があり、この記事だけで語り尽くせるものではありませんが、民主主義が悩み、思考してきたことの中に、他者と共に物事を為す営みであるプロジェクトマネジメントへのヒントがあることはご理解いただけたのではないかと思います。

「思考すること」を上から下への「伝達」ではなく、双方向的かつ協働的な「行為」として実行すること。対話を1つの実験として遂行すること。

出典:『実験の民主主義』(宇野重規、中央公論新社、2023年、290ページ)

民主主義についてのおすすめ書籍

宇野さんと若林さんは、『実験の民主主義』以外にも民主主義についての書籍を多数出版されていますので、ぜひそちらも手にとってみてください(下記はその一部です)。

宇野さんの書籍

  • 〈私〉時代のデモクラシー(岩波書店、2010年)
  • 民主主義のつくり方(筑摩書房、2013年)
  • 民主主義とは何か(講談社、2020年)

若林さんの書籍

  • NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方(日本経済新聞出版、2019年)
  • GDX:行政府における理念と実践(一般社団法人行政情報システム研究所、2021年)
  • 『忘れられた日本人』をひらく 宮本常一と「世間」のデモクラシー(黒鳥社、2023年)



『両利きのプロジェクトマネジメント』は2025年6月16日発売!!!



執筆者 米山知宏(よねやま・ともひろ)Facebook / Twitter
株式会社コパイロツト Project Enablement事業責任者 / 新潟県村上市役所CIO補佐官。 東京工業大学大学院社会工学専攻修了後、株式会社三菱総合研究所、新潟県新発田市役所を経て現職。 民間企業や自治体におけるデジタル・トランスフォーメーションや組織変革を支援しながら、プロジェクトを推進する方法論を探究している。 探求成果は株式会社コパイロツトのブログSpeakerDeckで公開している。

コパイロツトは、課題整理や戦略立案から参画し、プロジェクトの推進支援をいたします。お気軽にお問い合わせください!

お問い合わせ

  • COPILOT
  • SuperGoodMeeting
  • Project Sprint
TOP