プロジェクトマネジメント協会の元会長であるアントニオ・ニエト=ロドリゲスが「現代の経済の原動力はオペレーションからプロジェクトへと置き換わった」と指摘1するように、現代は「プロジェクトの時代」と言えます。プロジェクトは「必ず、過去に行われたことのない何かが含まれる」ものですが、現代社会はその傾向がより強まっています。そもそも何が問題かということも分からないし、仮に問題が分かったとしても、どのように解決したらよいかという手段の選択も簡単ではありません。
このような状況でも、プロジェクトを進めていくためには、どこかで進むべき方向や何をやるのか、ということを決定しなければなりません。分からないながらも、判断しなければ、一歩も動き出すことはできません。しかしながら、なんとか判断したとしても、その決定は絶対的なものではありません。良くも悪くも「仮決定」のようなものです。そのため、「仮決定」が適切なものであったか、もっと良い決定(それもまた「仮決定」ですが)がありうるかどうかをずっと確認し続ける必要があります。
プロジェクトは、連続する<仮決定>の中で、それ自体をより良いものにし続ける行為
本記事で言及する「ふりかえり」がプロジェクトにおいて必要とされるのは、そのような理由からです。絶対的なものが存在しえない中で、少しずつより良い状態に近づけていくためのもの。それがふりかえりです。単に「過去を検証するためのもの」というものではなく、現在のプロジェクトの特性から「そうせざるを得ない」というものであり、ある意味では、改善するためにこそプロジェクトは存在していると言えるかもしれません。
そして、変化するために、ふりかえりをする。
本記事では、そのような視点から、ふりかえりとはなにか、プロジェクトで行うふりかえりにはどのようなやり方があるのか、ということを整理したいと思います。
ふりかえりとは、「別の時間軸」「別の視点」から自分の振る舞いを見ること
ふりかえりとは、一般的には、行ったことをふりかえる=過去のことをふりかえるもの(上図①)と考えられていますが、プロジェクトが「連続する<仮決定>の中で、それ自体をより良いものにし続ける行為」であるとするならば、別の視点からのふりかえりも必要です。1つは「別の時間軸」からのふりかえりであり、もう1つは、「別の視点(第三者視点)」からのふりかえりです。
このような形で「次元」を変えながら、自分および自分たちのチームを見続けること=対話し続けることが、プロジェクトをより良い状態にしていくためには不可欠です。
以下で、上図①のそれぞれのふりかえりの意味と、ふりかえりのやり方について整理します。
▼表:各ふりかえりの意味・方法(概要)
視点 | 意味 | 方法 |
---|---|---|
①今→過去 | これまでに行ったことに対するふりかえり | KPT、YWT、タイムラインなど |
②過去→今 |
①と同様に過去についてのふりかえりだが、こちらは、一度視点を「過去の自分」に置いた上で、現在までの状況をふりかえるもの。 当初の計画・仮説に対してどうだったかということを確認する「仮説検証型」のアプローチ。 |
AAR |
③未来→今 |
未来の視点から、今の自分をふりかえるもの。 具体的には、一度、未来の状況を想像した上で、それに対する現状の振る舞いをふりかえる「事前検証型」のアプローチ。 |
プレモータムシンキング、シナリオプランニングなど |
④別の視点→今 |
自分自身以外の立場から、「客観的」「メタ的」に自分自身をふりかえるもの。 たとえば、「お客様の視点から見て、自チームの振る舞いはどうか?」「プロジェクトリーダーの視点から見て、1メンバーとしての自分の振る舞いはどうか?」など。 時間軸と組み合わせても良い。 |
ジョハリの窓、相互フィードバックなど |
⑤今の自分 | イマ・ココでの気持ちを吐き出す。 | テンション |
①今→過去
このふりかえりは、これまでに行ったことに対するふりかえりで、一般的なふりかえりとして、よく行われているものです。
やり方としては「KPT」が使われることが多いと思われますが、「YWT」や「タイムライン」など、ふりかえりの目的に合わせてやり方を選択することをおすすめします。
●KPT
良かったことや改善点を確認した上で、具体的なアクションを明確にするふりかえり。プロジェクトチーム内で簡単にふりかえる方法として便利。
コパイロツトでは、一般的なKPTをカスタマイズして、最後に「Action」を明確にするプロセスを加えています(このやり方を「KPT+A」と呼んでいます)
●YWT
- KPTに似ているが、特徴は「W(わかったこと)」を確認するプロセス
- 経験したことから学ぶことが重要だが、学びや気づきを促すという観点でとても有用なふりかえり手法
●タイムライン
- タイムラインは、時間軸に沿って起こった出来事を整理しながら、事象間の関係性や因果関係を分析していくもの
- 出来事を可視化することで、チーム内で客観的な目線を持ちながら「ある成果が生まれたきっかけはどこだったか?」「失敗してしまった原因はどこか?」などの分析を行うことができる
- 上図では、左側の軸は「出来事」「●●のポイントになったこと」「もう一度実施するならこうする」という観点にしている。これらは、基本的な観点として使いやすいものと考えているが、ふりかえりの目的に合わせて自由に設定していただきたい
②過去→今
2点目は、過去の視点から今をふりかえる、というアプローチです。
①と同様に過去についてのふりかえりですが、こちらは、一度視点を「過去の自分」に置いた上で、現在までの状況をふりかえるものであり、当初の計画・仮説に対してどうだったかということを確認する「仮説検証型」のアプローチといえます。
具体的な手法としては、「AAR(After Action Review)」があります。AARは、米軍によって開発された手法で、プロジェクトの参加者や責任者が、何が起こったのか、なぜ起こったのか、どうすればより良くできるのかを分析するためのアプローチです。このアプローチのポイントは、最初に「当初の想定」を確認するプロセスになっている点です。このプロセスがあることで、より質の高いふりかえりを行うことができます。一度過去に戻り、何を考え、何を意図していたのか、ということをプロジェクトメンバーで共有しましょう。
そして、このようなふりかえりをするためにも、当初の段階で、計画や思いをなるべく具体的に言語化しておくことも重要で、特に「なぜ、そのような計画にしたのか」という「理由」を残しておくことをおすすめします。
●AAR
- 上図のように、「事実」と「(それに対する)気づき」を分けてふりかえることが重要
- 当初の想定については、「目的」だけでなく、「こうすれば、ああなるだろう」という「目的ー手段」の当初仮説を確認できると良い
③未来→今
一方、こちらは、未来の視点から現状をふりかえる、というものです。未来の自分自身から今の自分を見た場合に、どう思うだろうか、何をアドバイスできるだろうか、というものです。
起こりうる未来を想像するという点では、シナリオ・プランニング2的なアプローチとも言えるかもしれませんが、重要なのは、「何が起こりうるかということを想像すること」です。変化が必然となる現代のプロジェクトにおいては、当初の計画どおりに物事が進む、ということは、まずありません。だとするならば、起こりうる様々な未来(可能性)を想像し、少しでも早く変化することがプロジェクトの成否を分けるポイントになると考えます。少なくとも、プロジェクトの時間コストに大きな影響を与えることは間違いありません。
そのような観点で、未来から今をふりかえるための手法の1つに「プレモータムシンキング」があります。日本語では「事前検死」と表現されるもので、プロジェクトが失敗したと仮定して、その失敗要因を「事前」に「検死」するアプローチです。
●プレモータムシンキング
- 上図では、フェーズに分けて洗い出す形にしているが、これは時間軸で起こりうることを想像した方がより具体的に検討しやすいためである
- プロジェクトの性質によっては、フェーズに分けて検討する必要はない
④別の視点から自分を見る
4点目は、自分自身以外の立場から、「客観的」「メタ的」に自分自身をふりかえるものです。たとえば、「自分自身のことを客観的に見たら、どうだろうか」「お客様が自分のこと・自チームのことを見たら、どう見えるだろうか」「チームメンバーが自分のことを見たら、どう見えるだろうか」など、意識的に視点を別の人の目線に置いた上で、自分自身を眺めてみるという行為です。
自分を客観的に見るアプローチとしては、以前のブログ3でも言及した「ジョハリの窓」が有効です。ジョハリの窓は、1955年にアメリカの心理学者ジョセフ・ルフトとハリ・インガムが発表したもので、ある情報に関して自分と相手のそれぞれが「知っている状態か」「知らない状態か」の四象限で分類するものです。ふりかえりにおいてこの考え方が重要なのは、他者の視点と自分自身の視点を行き来できるということになりますが、特に「自分が気づいていない可能性」を認識させられる点です。「自分自身が気づいていないが、お客様が気にしていることはないだろうか?」などの視点でふりかえりを行うことで、より本質的なふりかえりになるのではないかと思います。
●ジョハリの窓
「別の視点から自分を見る」という行為は、「時間軸」と掛け合わせることで、様々なパターンのふりかえりに適応可能です。「過去」のふりかえりであれば、「あの場面で、お客様はどう感じていただろうか」ということを想像することができるようになりますし、また、「未来」のふりかえりであれば、「こうしたとすると、お客様は私たちのチームに対して、どのような印象を持つだろうか」という形で、他者の反応を仮説的ではあれ、先に把握することができるようになります。
関係性や状況が許すのであれば、直接、別の視点の存在(お客様やチームメンバーなど)からフィードバックをもらったり、双方の期待値を確認するのも1つのやり方です。
⑤イマ・ココの違和感(テンション)
最後は、自分自身の今の感情をふりかえる、というものです。これまで紹介したものは、別の時間軸や別の視点からふりかえるというものでしたが、これは「イマ・ココ」の自分自身の感情に向き合うものです。
コパイロツトでは、自律的な組織をつくる考え方である「ホラクラシー」4から示唆を受け、このふりかえりを「テンション」と名づけて実施しています。ホラクラシーでは、テンションを「現実とポテンシャルとのギャップ」とした上で、「組織が持つ最も素晴らしい経営資源」であると指摘しています。コパイロツトでも、「プロジェクトを良い状態にしていくためには、各自のテンションを1つずつ解消していくことが不可欠である」という考え方をベースに、プロジェクトを進める中で、適宜、各自が感じているテンションを共有するようにしています。
「テンションの共有」では、その時点で感じている小さな違和感や心配ごとなど、どのようなことでも共有するようにしているため、テンションを上げたメンバーの求めに応じて、その場で議論する必要があるかどうか、ということも含め、決定するようにしています(下図)。当然、テンションを上げたメンバーが議論を求めていなければ、単に共有されるだけで終わるものもありますが、そのメンバーが「イマ・ココで共有したい」というものがあれば、それが単なる共有であったとしても共有されるべきであり、そのような場があることが、プロジェクト&チームをより良い状態にしていくためには不可欠であると考えています。
●テンションの共有
- テンションを上げたメンバーの求めに応じて、行うべき対応を確認する
- 議論を求めるテンション(赤色部分)もあれば、議論を求めないテンション(緑色部分)もあるが、重要なのは、テンションを上げたメンバーが何を必要としているのか、という視点で対応を検討すること
- 当事者が必要としてないことを押し付けてはいけない(例:解決策の議論は求めていないのに、勝手に解決策の議論をしようとする、など)
まとめ
以上、「連続する仮決定の中で、それ自体をより良いものにし続ける」必要があるプロジェクトにおける「ふりかえり」について整理してきましたが、中にはふりかえりを逸脱していると思われるものもあるかもしれません。しかしながら、ふりかえりを「プロジェクトをより良いものにし続けるために、自分の振る舞いに向き合う行為」であるとするならば、いずれも重要なふりかえりであると考えています。
このような意味においては、「ふりかえり」という表現は適切ではないかもしれません。ふりかえりは英語で「retrospective」と表現されますが、ここで述べたような意味においては「multi-spective」と言えるような存在です。
「プロジェクト」の語源は、ラテン語の pro + ject であり、意味は「前方(未来)に向かって投げかけること」であると言われます5。様々な視点から照射をして、プロジェクトや自分自身の未来・今・過去を眺めてみようとする営為。それこそが、現代のプロジェクトには求められているのではないでしょうか。
プロジェクトファシリテーター、プロジェクトコンサルタント。
プロジェクト・組織の推進をPMとして関わりながら、プロジェクト・組織の未来に必要なナレッジ・知を言語化するサポートをしています。 対象分野は民間企業のDX領域が中心となりますが、シンクタンク・パブリックセクターでの勤務経験から、公共政策の立案・自治体DXに関する業務も担当しています。
- アントニオ・ニエト=ロドリゲス「組織全体でマネジメントスキルを高める プロジェクトエコノミーの到来」『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2022年2月号特集:アジャイル化するプロジェクトマネジメント』↩
- これから起こるべきことや起こるだろうことのストーリーを1つだけ作成するのではなく、これから起こる可能性があることに焦点をあてて複数のストーリーを作成するアプローチ(出典:アダム・カヘン『社会変革のシナリオ・プランニング』)↩
- ジョハリの窓 in practice~ナレッジはどう共有できるか~ - COPILOT KNOWLEDGE↩
- ホラクラシーについては、以前のブログをご参照ください。 情報処理機能としてのティール組織/ホラクラシー - COPILOT KNOWLEDGE↩
- プロジェクト - Wikipedia↩