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職人芸を理論的に説明したい – エスノメソドロジー

高度な実践の中には、やりかたを素人や部外者に説明しやすいものと説明しにくいものがある。後者にあたるのは、たとえば職人芸や「長年の勘」だ。スポーツの技術や学術研究上の嗅覚もそうかもしれない。

ところで、ある職人芸的な実践から何かを学びたいとき、またはその実践を他の場面でもやりたいときには、いつまでもその実践を「説明しないのが粋ですなぁ」などと神秘化しているわけにはいかないだろう。説明できる実践のほうが格上だとか、説明できない技術は偽物だとか、そういうことを言いたいわけではない。他人様の「実践」にプロとして助言するときに「わかる人にはわかる」では格好がつかないだろうということだ。

この「何をどうやっているかがわかりにくい実践を説明したい」という問題意識を共有する研究領域に、エスノメソドロジー(ethnomethodology)がある。

文献情報: Davide Nicolini, Practice Theory, Work, and Organization: An Introduction. Oxford University Press, 2012.

エスノメソドロジーがやりたいこと

エスノメソドロジーが目指すのは、特定の人が特定の状況で発揮する能力について説得力ある説明を与えることだ。ここでいう能力(accomplishments)の典型例は、人が自分の仕事に関連して身につけた「長年の勘」だ。他にも、たとえば日々のあいさつを適切にやる能力もこれに含まれる。

「長年の勘」の例として、乗り捨てられた車とそうでない車を見分ける警察官の能力を考えよう。ベテラン警察官であっても見分け方を素人にレクチャーできるとは限らないし、そもそも見分ける手順をはっきり自覚しているわけでもない。それでもできてしまうらしい。では、警察官は実際のところどうやって見分けをしているのか。警察官は、(本人が自覚しているかどうかはともかくとして)何を見て、何を考えて、見分けをしているのだろうか。これを説明するのがエスノメソドロジーの仕事だと考えてよいだろう。

エスノメソドロジーが何をやりたいのかを理解する上で、著者(Nicolini)は次の四つの観点が重要だと考えている。

     
  1. 説明可能性(accountability) エスノメソドロジストは、説明を、実践に対して外野が後付けする二次的なものとは考えない。むしろ、「説明できる」ということを、日々の実践がもつ重要な特徴とみなしている。というのも、日々の実践は、(自覚されているかどうかはともかく)一定の秩序に則って——しかもその実践をする人であれば誰でも理解できるような秩序に則って——なされる合理的なものであり、ランダムで好き勝手になされるわけではないからだ。  
  2. 再帰性(reflexivity)
    1でみたようなことは、実践が通常どおりに回っているときだけ成り立つわけではない。通常どおりでない実践がなされた場合も、その実践は関連する秩序に照らして(たとえば「例外的なことをするだけの理由があるはずだ」というふうに)理解される。こうして、行為者は、どんな実践をしたりされたりする場合でも、既存の秩序を参照してその実践の意味を理解・説明することになる*。

    *もっとはっきり言ってしまえば、行為者は、自分がする実践がどういう意味で理解されるかを好きなように決めることはできないという意味で、既存の秩序に縛られている。
    たとえば、あなたは朝にオフィスで同僚から挨拶をされたとしよう。あなたは、不機嫌なわけではないし、別にその同僚が嫌いなわけでもないのだが、なんとなく挨拶を返さなかったとしよう。挨拶を返さないというあなたの行動は、あなたが何を思っているかに関係なく、挨拶には返すものだ(返さないからには何か理由があるはずだ)という社会的秩序に基づいて理解・説明される。それゆえ、あなたは、不機嫌だと思われるか、その同僚を嫌っていると思われるか、もしくはなぜ挨拶を返さなかったのかと尋ねられる(もちろん「なんとなくだ、特に理由はない」と返してもいいのだが、いずれにせよ説明は求められる)だろう。  

  3. 状況依存性(indexicality) 2から言えるのは、どんな状況で(どんな秩序が有効であるような状況で)なされたかによって実践の意味が変わってしまうということだ。それにもかかわらず、普通は、自分や他人の実践がどんな意味をもつかの判断を人々はうまくやれる。では、人々はどのようにしてそれをうまくやっているのか。これがエスノメソドロジーの問いの大枠だ。  
  4. メンバーシップ(membership) 3のようにしてある実践をうまくやれる人は、その実践にかかわる集団(一言でいえば「わかってる人」)のメンバーとみなされる。

他の社会理論との違い

このように見ると、エスノメソドロジーは、人間の実践について何か特定の主張をする理論というよりは、こういう問いを立ててこういう視点で研究をしていきましょうというプログラムを定めたものだといえる。(……というふうに著者(Nicolini)は書いているが、説明可能性については「特定の主張」がないことはないような気が私はする。)

ところで、「状況依存的な実践知がありますね」くらいのことは、どんな社会理論でも言いそうなことではないか。エスノメソドロジーは他の社会理論とどう違うのか。

  • 日々の実践を記述する質的研究はエスノメソドロジー以外にもある。違いは、人々がそうした実践を「どのように」やっているのかの記述をエスノメソドロジーが重視する点だ。つまり、「警察官は長年の経験にもとづいて乗り捨てられた車を見分けました」では説明不足で、見分けの方法や根拠を説明することが求められる。

  • エスノメソドロジーが日々の実践に対して与える説明は、人々にとって理解可能なものを使った説明だ。つまり、構造やハビトゥスや無意識などといったものに訴えることはできない。この点はエスノメソドロジーと他の社会理論との違いとしてわかりやすい。

  • エスノメソドロジーが日々の実践に対して与える説明は、その実践をする人自身にとって有意味な説明であり、その実践をしない人が外から見た説明ではない。そこで、説明をしようとする人自身がその実践をする能力をもち、「わかってる人」の視点に立ってこそ、適切な説明が与えられる。

第三の特徴は、エスノメソドロジストにかなり大きな負担を強いる。なぜなら、Aという職業の「長年の勘」をエスノメソドロジーで研究したい人は、社会学と職業Aの両方でイッパシにならなければいけないからだ。のちに触れるように、このことがエスノメソドロジーの課題の一つとなる。

エスノメソドロジーの課題

著者(Nicolini)がエスノメソドロジーの課題として挙げるのは主に二つだ。第一に、エスノメソドロジーにはブルデューの批判がそのまま当てはまってしまう。ブルデューは社会学に対して二つのことを求めた。日々の実践を記述することと、それを説明することだ。この二つの要求を、エスノメソドロジーは一見すると満たしている。一方では、学者が作る巨大な理屈ありきで話をするのではなく、実践者の視点に立って実践を論じようとしているし、他方では、その「実践者の視点」を記述して満足するのではなく、その実践に習熟した学者による説明をしようとしているからだ。しかし、このうち後者が問題を起こす。個々の実践がなされる時間と場所から切り離し、学者による説明を挟んだ時点で(精確には、その説明にもとづいて他の事例に応用可能な抽象的なものの話を始めた時点で)、当の実践者自身の「実践感覚」からかけ離れてしまうのではないか。

第二の問題は、既にみた「エスノメソドロジストは研究対象に習熟せよ」という要求に関連している。こういう大きな要求があることで、(よしあしは別にして)一人のエスノメソドロジストが研究対象にできるものはそれほど多くなく*、エスノメソドロジーの研究は事実上かなりローカル志向になりがちである。これがまずいのは、エスノメソドロジーがいわゆる相互行為還元主義(interactional reductionism)に陥るリスクを抱える点だ。相互行為還元主義とは、大雑把にいえば、人々がおこなう個々のやりとり(が生じる状況)だけを見てあらゆる社会現象を説明する立場だ。実際には、そういう状況を一つ一つ見てもわからないような、つまり複数の状況がどういう関係にあるかを見てはじめてわかるような大規模な社会現象というのがあるはずだ。それを全部ローカルな相互行為で説明するのは無理だろう。

*たとえば、プロジェクトを推進する人が一体どういうことをしているのかをエスノメソドロジーで研究したい人は、自らがプロジェクト推進者となってやってみることによってプロジェクト推進者から見える世界を理解しなければならない。

しかし、エスノメソドロジーがローカル志向なのは、研究者が研究対象に習熟するのに時間と労力がかかるという実務上の理由からだ。エスノメソドロジーという研究プログラム自体は「ローカルな相互行為だけ見ればよい」などとは言っていない。むしろ、実践者の視点からみた実践の説明に登場するなら、複数の状況の関係という(従来のエスノメソドロジー研究であまり扱われてこなかった)ちょっと大規模なものもエスノメソドロジーは積極的に扱ってよいのではないか。著者(Nicolini)自身はまさにこの路線で独特なエスノメソドロジーを支持しているのだが、その紹介はまた別の機会にしたい。

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  • あなたのスキルや能力のなかに、「自分でやれるけど人に説明するのは難しい」というものはあるでしょうか。また、そうしたスキルや能力に関連して業務引き継ぎの必要が生じたことはあるでしょうか。そうした場合、あなたはそのスキルや能力をどのように説明したでしょうか。

  • あなたががこれまで受けた業務引き継ぎのなかで、「説明するのは難しいが、やればわかる」と言われたものはあったでしょうか(いわゆるOJTを含めてもかまいません)。そうした場合、業務引き継ぎはどのようになされたでしょうか。また、その業務引き継ぎにはどのような改善点があったでしょうか。

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