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ナレッジマネジメントの現場 LIXILは知の創造をどう進めてきたのか[ナレッジマネジメント×プロジェクトマネジメント]

10月30日に、コパイロツトが開催しているプロジェクトマネージャー/ディレクター向けの勉強会「Night Flight by COPILOT」の第7回目を開催しました。第6回ではナレッジマネジメントの学術的なお話を西原(廣瀬)文乃先生にうかがいましたが、続く今回は株式会社LIXILでナレッジマネジメントに取り組む村上修司氏に、具体的な実践例についてお話いただきました。



ナレッジマネジメントの現場ーLIXILは知の創造をどう進めてきたのか

村上修司さんプロフィール
株式会社LIXIL IT部門 基幹システム統括部 共通基盤推進室 IT次世代化推進グループ。
1998年に、LIXILの前身の一つである、トステム株式会社に入社。経理社員として配属され、11年間は工場経理に従事し、国内7工場を回る。その後本社経理部に異動し、全社決算や、経理部門全体の教育関連業務に携わる。2016年4月、工場経理時代に自ら立ち上げ地道に築き上げてきたナレッジマネジメント活動の全社展開を目的に、情報システム本部へ転属した。

企業におけるナレッジマネジメント

ナレッジマネジメント(KM)は、「経験から得た成功ノウハウ、有益な知識・情報の共有・活用・創造を通じて、業務の効率を上げ、人材を育成し付加価値を創造していくプロセス」と定義されています。
その基本理念となる「SECIモデル」は、共同化、表出化、連結化、内面化のサイクルを繰り返すことで、個人知が組織知に昇華していくというプロセスです。知識経営の生みの親と呼ばれる、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生が提唱しました。

知識は、「暗黙知」と「形式知」に二分類されます。暗黙知とは、頭の中にある知識や体に染み付いた職人の技といったようなもの。形式知はそれを文書化したもので、他人に知識が伝承できる状態になったものです。仮に全社員が暗黙知しかない状態だとすると、その人がいなくなってしまったら、その人の持つ知識は会社から無くなってしまいます。そんな会社は、不安定で強くなれません。暗黙知をいかに形式知にするかが、KMの基本になるところです
会社には、さまざまな困りごとがあるものです。たとえば、LIXILでは、2011年に5社が統合した会社という背景もあり、さまざまな困りごとを抱えていました。こうした困りごとを解決したい、という個々人の「仕事に対する気づき」がKMの最初の一歩です。

そして大事なことは、KMはシステムありきの活動ではなく、あくまで社員の意識改革の活動であるということです。そのため急激な展開はご法度であり、ゆっくりと育てていく必要があります。

LIXILのKM活動

LIXILでは、部門横断した自主参加型のKM活動に、ボトムアップで取り組んできました。「ひと+(プラス)」という名前をつけ、「みんなのチカラをみんなで活かし、LIXILのチカラへ!」をコンセプトにしています。
「知識の木」というコアシステムで知識の共有・活用・創造を行い、スタッフ制度や社内SNS「Workplace」、他社と繋がるオープンイノベーションなどで、人の繋がりをつくっています。

そして、チームランキング、貢献金額ランキング、ポイントランキング、といった「楽しみながら」をコンセプトとした評価の仕組み、そして上位者を讃えるKMアワードという表彰の場があります。10月30日時点で4,306人が自主参加しています。
この活動は、単なる知識共有ではなく、働き方改革そのものであると思っています。そして最終的には、企業価値向上に貢献したいという思いがあります
我々の考える企業価値向上とは、「儲かるチカラ」と「儲かり続けるチカラ」です。ひと+(プラス)から生まれる成果として以下の4つを挙げています。

  1. 業務効率化
  2. 部門間共創
  3. 人財育成
  4. 働きがい

1と2は儲かるチカラに、3と4は儲かり続けるチカラに効くものと考えています。

新システムの導入に、KM活動が貢献

KM活動が効果を上げた事例をご紹介します。LIXILでは、2015年に「Concur」という小口精算システムを導入しました。ただ会社規模が大きいと、全社統一のシステムを入れても、工場や支社の先にも大量な部・課・チームがあり、独自に動きはじめてしまいがちです。
その要因として、本部が作成したマニュアルだけでは賄えないレアケースへの対応、過去からの慣習、独自業務フローの存在、担当者の能力差が挙げられます。
その際、知識共有の場が無いと、拠点ごとに同じような問い合わせに対応し、同じような手順書を作成するというような、大量な「重複のムダ」が発生します。
当時、次の4つのKMの取り組みが行われたことで、わずか6カ月ほどでConcurをスムーズに導入できたと評価されています。
1つ目は、匿名掲示板「しゃべり場」が活用されたことです。「Concurについて」というトピックが立てられ、いまさら聞きにくいような質問をしたり、マニュアルを共有したりといった助け合いの場になったことです。
2つ目は、QAシステムの活用です。「楽しみながら」をコンセプトとしたポイント制度を絡めながら、本部の担当者が問い合わせ対応を行い逐次新たなFAQを蓄積していきました。
導入前後6カ月間に、FAQの1日当たり活用数は約160回、3,100万円の効果金額となりました。
3つ目は、自発的なナレッジ共有です。経理では既に「何か作ったらKMに投稿する」という文化が何となくあり、各工場や支社でつくられたConcurに関する手順書などが投稿され共有されました。さらに、皆が使いやすい形にまとめて整理された「Concurに関するまとめナレッジ」が投稿され、現場に展開されました。これにより、1日当たり約200回あるはずだった問い合わせが自己解決し、3,700万円の効果金額となりました。
そして4つ目は、公募によって集まったKMスタッフによる活動です。「エリアメール」でおすすめのナレッジを管轄の参加者に紹介する、といったような動きが自発的に行われ、必要な人に必要なナレッジが届けられました。

KMに楽しんで参加してもらうための仕掛け

KM参加者を増やすために、さまざまな取り組みをしています。その1つが、先ほども触れました「ポイント制度」です。ナレッジを投稿したり、たくさんあるナレッジを様々な括りでまとめたりすると、ポイントが付与されます。また、ナレッジを使用した人はその有用性を評価し、これによっても投稿者にポイントが付く仕組みです。
※画面は当時のものです

もう一つの仕掛けとして、「ほめほめーる」というものがあります。これは、ナレッジを利用した人が投稿者にお礼のメールを送ることができる仕組みです。送った人にはポイントが付きます。ほめほめーるは、翌朝に届きます。「朝から幸せな気持ちで物事に取り組むとその日の生産性が約12%上がる」という研究結果があることはご存知でしょうか?その研究結果に基づき、毎朝9時までに相手に届くよう心掛けています。この1年間で、6,200通の心温まるほめほめーるが送られました。

「ポイントランキング」の他にも、SECIモデルの観点からKM活動を偏差値評価した「チームランキング」、様々な切り口で評価する「なんでもランキング」、さらには、投稿したナレッジがどれだけ効果をもたらしたかを評価する「貢献金額ランキング」があります。ランキング上位者はKMアワードで表彰しています。参加促進のために、イベントやキャンペーンを開催したり、オリジナルのマスコットキャラクター「しょこぽん」のノベルティグッズをプレゼントしたり、様々な取り組みを行っています。

KM活動には自発性が不可欠

KM活動は、専任で推進している推進窓口と、自発的に参加しているKMスタッフが協働し推進しています。
こうした意識改革の活動というのは、「自発性」が必要不可欠です。良いシステムがあっても、自発性がなければKMは活性化しません。「総じて『自発性』」と思っています。

KMスタッフは定期的に全国から公募しており、これまでに57名が就任しました。現在は19名のスタッフがいます。3カ月ごとにスタッフ会議を開催し、日頃はSNSで情報共有をしています。
KM推進窓口のミッションは、部門横断で知識創造できる「場づくり」です。常にSECIを回すことを意識し、多種多様な取り組みを行っています。
ナレッジ共有を行う「知識の木」という場は、アクセラテクノロジ社が提供するAccela BizAntennaを活用しています。一つの画面で、部門横断でナレッジを共有できます。経理のナレッジ、営業ナレッジ、生産のナレッジなどが色々と混在していますが、「タグ」を活用することでみんなが同画面で使えるようになっています。


会場からの質問タイム

講演後には、来場者から集まった質問に村上さんが答えてくださいました。

―村上さんがKM活動をやろうと思われたきっかけを教えてください。

入社4年目の2002年に経理責任者として赴任したとある工場では、経理チームに工場の現場から同じような問合せが毎日何件も来ている状態でした。ずいぶん無駄なことをしているなと思い、Excelで「書庫」という仕組みを作って、「ここを見て、欲しい情報が無かったら問い合わせをしてください」というルールを作りました。この「書庫」がKM活動の起源です。さらに、Excelで便利な仕組みを作っては「書庫」に入れ、他工場の経理の先輩に紹介する、といったことも行っていました。また、匿名で質問したり回答したりできる「知恵袋」もExcelで作り運営していました。そんなことをしていたら、あるとき先輩から「村上のやっていることってナレッジマネジメントって言うんじゃない?」と言われました。それが私のKMとの出会いです。しかし実際にKMについて勉強し始めたのは、LIXILになって1年経った2012年頃です。その頃にKM活動を公式に行う動きになり、初めてSECIモデルを意識するようになりました。

―LIXILの中で実際にSECIモデルをどのように運用されていますか?

この活動はまだまだ発展途上で、参加者は国内社員の一部です。会社全体でKMをやっているとは言えません。しかし、SECIは会社にとって非常に大事なフレームワークだと思っています。KM文化を浸透させたいという思いから、SECIモデルの偏差値評価を考え出し、ランキングを作りました。例えば社内SNSに書き込みをしたら共同化、知識の木に投稿したら表出化、まとめナレッジを作成すると連結化、ナレッジを使ったら内面化、といったようにSECIの各プロセスに行動を当てはめて偏差値評価しています。

―オフラインの場でもSECIモデルを回されていますか?

KMスタッフ会議を3カ月に一度東京で行っています。皆さん熱い気持ちを持って集まっている方々なので、非常に良い共同化の場になっていると思います。また、社外の方に講演していただく場も作っています。これも人の繋がりを作るリアルな共同化の場です。知識の木に投稿されたパソコン関連のナレッジを集めて、勉強会を開いた方もいました。これは、表出化されたナレッジを連結化し、内面化をさせるための「場」になりました。そのとき、単なる勉強会にせず、例えば「これよりも良いテクニックを知っている人?!」という質問をしてディスカッションすれば、共同化の場にもなります。実際にはそこまで理想の形にはできませんでしたが、SECIが回る好例だと思います。

―KMに取り組もうとした際に、最初にナレッジを表出化してもらうのは難しくないですか。

表出化が、KMの最初の難しいところだと思います。初めて投稿した人を見かけたら、投稿内容を確認し、匿名で送れるほめほめーるで「すごく良い資料ですね、投稿ありがとうございます」というメッセージを送ったりしています。初めて投稿したときに、ほめほめーるが届くと「反応があって良かった」「投稿して良かった」と、次へのモチベーションに繋がるようです。こういうことは、投稿したら自動メッセージで「ありがとう」と表示されるなどシステマチックにやりがちだと思いますが、少なくとも私の場合はそんなものには全く響きません。やはり人間臭さを感じる方が人の気持ちは動くと思います

―KMを推進する側のKPIはどこに置いていますか。

知識の木の活用による効果金額を算出しています。ほめほめーるの効果金額も計算しています。ナレッジマネジメントの本質を知らない人には、ただみんなが楽しそうにしているだけと思われる恐れがあります。そうならないために、可能な限り効果金額を計算するようにしています。
この活動を推進していると、アンケートなどで、利用者の方に「いつもありがとう」というメッセージをもらうことがあります。サラリーマンをしていて、自分の仕事に対してありがとうと言われることなんてそうそう無いと思います。人のため、会社のためになる活動。皆さんが喜んでくれることが、私の一番のモチベーションです。

―これからKMをはじめる場合、何から取り掛かるとよいでしょうか?

やはり共同化が一番大事です。「場」づくりがKMの肝です。まずは直接話をする場をつくると良いと思います。そしてSECIを意識すること。場を作ってSECIを意識すれば、そこから様々な気づきが生まれ、この課題に対して何が必要か、という気づきがどんどん出てくるのではないかと思います。

―最後に会場のみなさんにメッセージをお願いします

私は「日本ナレッジ・マネジメント学会」(http://www.KMsj.org/)や「知識創造コンソーシアム」(https://knowledge-node.com/)などに参加する他、「SECILALA会」という、LIXILのKMから生まれた、会社の枠を越えたグループを運営しています。参加者は現在約100名。参加会社数は約70社です。KMは人の繋がりに尽きる、が持論です。人のために何かをやってあげようという気持ち、お互い様・お陰様という気持ち、そういう気持ちがナレッジを投稿・共有しようと言う意識に繋がるものと思っています。ぜひ皆さんとも協働したいです。



KMは集団の中でこそ効果が発揮されるものなので、周囲の理解や参加意欲を引き出す必要があります。企業で導入する際は、もしかしたらここが一番難しいところなのかもしれません。村上さんの取り組みには、KMに参加してもらうきっかけや、続けてもらうためのモチベーションづくり、効果金額の算出といった上司に納得してもらうための方法など、企業にKMを浸透させるための多くの学びがありました。

構成・文・撮影:平田 順子

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