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暗黙知と形式知の相互変換による知の創造プロセス[ナレッジマネジメント×プロジェクトマネジメント]

「プロジェクトマネジメントをアップデートする」ことを目的に、コパイロツトが開催しているプロジェクトマネージャー/ディレクター向けの勉強会「Night Flight by COPILOT」の第6回目を、9月12日に開催しました。

この回のテーマとなる「ナレッジマネジメント」について、経営学者の野中郁次郎先生は、1995年に発表した著書『知識創造企業』で「知識=ナレッジこそが企業の最大の資源」と説きました。同書に基づき、ナレッジマネジメントはさまざまなメディアで解説されていますが、実はその内容は日々アップデートされています。野中先生に師事されている西原(廣瀬)文乃先生をお迎えし、最新のナレッジマネジメントと知識創造プロセスであるSECI(セキ)モデルについてお話しいただきました。



「知識創造理論」のいま
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西原(廣瀬)文乃 先生 プロフィール
立教大学 経営学部 国際経営学科 准教授/日本ナレッジマネジメント学会 理事
名古屋大学法学部法律学科卒業後、日本電気(NEC)に入社。会社派遣で一橋大学大学院 国際企業戦略研究科に進学し、野中郁次郎・一橋大学名誉教授に師事。修士号(MBA2005年)、博士号(DBA2011年)。同研究科特任講師を経て2016年4月より現職。研究テーマは、知識創造理論をベースとする経営戦略、組織行動、リーダーシップ、ソーシャル・イノベーション。著書に、『実践ソーシャルイノベーション』(共著:野中郁次郎、平田透/千倉書房刊/2014年)、『イノベーションを起こす組織』(共著:野中郁次郎/日経BP社刊/2017年)がある。

「知識=ナレッジ」とは何か

まずはそもそもの話ですが、ナレッジマネジメントにおける「知識=ナレッジ」とは何でしょうか。

ナレッジマネジメントでは、知識を「個人の全人的(パーソナル)な信念、思いを真善美に向かって社会的に正当化するダイナミックなプロセス」と定義しています。個人の信念や思いを起点として、自分でこれが真実の知識だと思ったものを、独りよがりにならないためにみなで対話し、社会的に正当化するというものです。知識は固定化された「モノ」と捉えられがちですが、そうではなく「ダイナミックなプロセス」であるため、時代や状況によっても変わってきます。

ところで、ここでは便宜的に「ナレッジマネジメント」と表していますが、われわれ「知識学派」は「ナレッジ・ベースド・マネジメント」を使います。ナレッジをモノとしてマネージするのではなく、「ナレッジ」を基盤とする「マネジメント」を行うコトが、本来の「ナレッジマネジメント」だからです。

知識は、以下の2つのタイプの分類できます。

1.形式知(客観的・理性的な言語知)

  • 言語化、文章化できる
  • 特定の文脈に依存しない
  • 一般的な概念や論理(理論、問題解決手法、マニュアル、データベースなど)

2.暗黙知(主観的、身体的な経験値)

  • 言語化、文章化しにくい
  • 特定の文脈ごとの経験の反復によって個人の体に埋め込まれる思考スキル(思い、メンタル、モデル)や行動スキル(熟練、ノウハウ)

この2つの知の関係を、「氷山のメタファー」で表現しています。

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実際の氷山は海面にほんの少ししか露出しておらず(一説には9分の1)、大部分が海中にあります。知識においても、見えている形式知よりも暗黙知の方が圧倒的に多いのです。ナレッジマネジメントにおいて大切なのは、その暗黙知に秘められた無限の可能性を解き放つために、意識し、言語化して、海面に浮き上がらせていくことです。

しかし、実際は見える化が重視され、見えているものだけが取り扱われがちで、形式知だけに依存し、暗黙知をあまり使おうとしない企業が多いのです。自分たちの中にはたくさんの暗黙知があることを認識し、それを他者との関係の中で言語化し、体験を通して再び暗黙知化して、形式知と暗黙知を使い合わせていくことが重要です。

新しい知を創造するプロセス「SECIモデル」

暗黙知と形式知がわかると、「SECI(セキ)モデル」が使えます。これは、暗黙知と形式知を四象限にとり、暗黙知→暗黙知、暗黙知→形式知、形式知→形式知、形式知→暗黙知と相互変換し、それを何度も繰り返すことで新しい知を創造するプロセスです。

SECIは以下の言葉の頭文字から取ったものです。

S→共同化(Socialization)
E→表出化(Externalization)
C→連結化(Combination)
I→内面化(Internalization)

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まずは自身が直接した体験を他者へ共有し、共感を得て、暗黙知を生成します。次に、複数人との対話で暗黙知を言語化して概念=形式知を創ります。そして、概念と他の形式知を繋いで、理論や物語りにします。さらに理論や物語りを実践し、暗黙知を体現します。SECIモデルはここで終わりではありません。この4つのプロセスをグルグルと何周か回し、スパイラルアップしていくとどんどん 知が増えていき、その結果イノベーションが起こります。

この話をすると「うちではすでにPDCAを回しています」と言われる方がよくいますが、 PDCAは「Plan(計画)」から始まる形式知寄りのプロセスなので、SECIモデルで最も重要な共同化の部分が足りないのではないかと考えています。
共同化を行う際は、二つの方法があります。一つは「現場観察(Observe)」で、離れて他者を見て、そこから仮説を持ち、分析・解釈することです。これは比較的よく行われているのではないかと思います。そしてもう一つは、自分と相手を一体化する「共体験(Indwell)」です。こちらは意外と行われていないのではなのでしょうか。現場観察だけだと知らず知らずに自分のメガネを使って見てしまうので、共体験も必要です。

SECIモデルは、製薬メーカーのエーザイでも使われています。そのきっかけは、1980年代の終わり頃に製薬企業の再建が起きたことでした。このままで我々は生き残れるのだろうか、どうしたらいいのだろうかと考えていく中で、知識創造にたどり着いたそうです。同社CEOの内藤晴夫さんは、SECIモデルの中でも特に共同化が重要だと言われています。

エーザイのような製薬会社は、病院や薬局に薬を販売するため、直接患者さんと触れる機会がありませんでした。そこで同社では、「われわれは患者様とそのご家族を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献する」という理念を掲げ、これを実現するために、グローバル全部の社員の方がビジネス時間の1%(年間2.5日間)を患者さんと共に過ごし、共体験をするようにしました。その結果、薬という「モノ」を売るだけでなく、患者さんのケアという「コト」に取り組むようになりました。

知が創られる「場(Ba)」とは

SECIモデルによって新しい知が創られる場所を、ナレッジマネジメントにおいては「場」と呼んでいます。一般名称としての場と差別化するため、英訳するときもそのまま「Ba」としています。

この場については、「感情の知(社会関係資本:Social Capital=人間の存在の根底にあるケア、愛、連帯、信頼、安心など)の相互需要と、コンテクスト(文脈)の共有によって知が創り出される場所(place、field)」と定義しています。つまり、私とあなたが出会い、そこで共有された意味を持ち、お互いに感情を受容した状況のことです。

自動車メーカーのホンダでは、「ワイガヤ」という、新たな知を生み出す場を提供する取り組みをしています。以前のワイガヤでは、よい宿とよい食事とよい温泉を会社負担で手配し、各部署から集められた参加メンバーに三日三晩時空間を共有してもらっていました。1日目に個と個とのぶつかり合いが起きますが、徹底的に話し合うことで、表層の形式知が尽きてきて、各人の殻が取れてきます。そして2日目には、相互理解・許容が起き、たとえ気に入らない相手の意見でも受け入れられるようになってきます。そして3日目には、個人レベルの暗黙知を超える総合的意見が出て、アイデアの飛躍が起きるのです。

しかし、時間とお金がかかるため効率化され、現在は新しい形でのワイガヤをするようになっています。大人数で集まって意見を言うのではなく、知識のある人がその知識の生きる部分について、プロジェクトに関して建設性のある意見交換をするという方法です。必要なときに必要な専門家に話を聞いて、本質をコミュニケーションし、2〜3人で行われることが多いそうです。

では、いいアイデアはどんな場から生まれるのでしょうか。その条件には、以下の6つがあります。

  1. 目的を持って、自発的に組織されている
  2. 感性、感覚、感情が共有されている
  3. メンバーが場にコミットしている
  4. メンバーとの関係の中で、自分を認識できる
  5. 場の境界は開閉自在で常に動いている
  6. 多様な知が存在している。

また、場には、収束する力(相互作用の中から、共通の目的や価値観が醸成される)と開く力(多種多様な価値観が存在し、相互に作用し合う)の二面性があると言われています。この両方がうまくバランスが取れていることが重要です。

そして場を繋げていくと、われわれ「知識学派」で「ナレッジエコシステム」と呼んでいる知の生態系になります。

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一人の人も、市民や父母、仕事、趣味のコミュニティなど、いろいろな関係性で場と接しています。そういったそれぞれの場を繋げていくと、知のエコシステムが生まれ、社会全体を見据えた視点の知が創られるようになってきます。 特にコネクター(知り合いを増やして繋ぐことを生きがいにする人)、メイブン(専門的な情報や知識を教えることを生きがいにする人)、セールスマン(説得することを生きがいとする人)といった人たちが、場を繋げる役割をすると言われています。

こういう人たちがたくさんいると、あるアイデアなどが閾値を超えて一気に流れ出し、野火のように広がる劇的瞬間「ティッピング・ポイント1」が起きやすくなります。

「物語り」から戦略は形成される

SECIモデルを回すときには、「物語り」を意識するようにするとよいでしょう。なぜかというと、戦略形成=物語りを創るプロセスでもあるからです。われわれは、「物語=ストーリー」という名詞形ではなく、「物語り=ナラティブ」という動詞形で表します。

野中先生は、「なぜ組織は異なるのか」という問いに、「異なる未来を思い描くから」と答えています。将来こうなりたいという未来を理念として掲げ、現状とのギャップをどうやって埋めていくのかを考えることが戦略です。こうした理念や戦略の違いにより、組織は異なってきます。実現したい未来の姿を起点に、現在にバックキャスティングして、未来を実現するには何をすべきかを考えて実践していくことが、まさに物語りです。

代表的な物語りの構成は、一般的な映画などと同様で、何か事件が起きて、困難に直面し、それを誰かが助けてくれて、最後は解決してハッピーエンドになるというものです。戦略をこうした物語りで語れると、人は納得して動いてくれやすくなります。

物語りによる戦略形成を実践している企業を二つご紹介します。一つは、富士フイルムです。カラーフィルムの市場がピーク時から10年で10分の1に縮小していく中、どうしたらいいのだろうかと問い、コアテクノロジーの棚卸=知的構造改革を行いました。その中から生まれたのが基礎化粧品のアスタリフトです。カラーフィルムにはもともと抗酸化作用があり、ナノテクノロジーやコラーゲンを使っていたので、これらすでに持っていた技術を化粧品へと応用したのです。ここには富士フイルムがアスタリフトを開発し販売するまでの「物語り」があります。

もう一つの企業は、化粧品メーカーのポーラです。こちらでは、シワで悩んでいる女性たちの悩みを解決するという未来を実現するために、シワに効く製品を医薬部外品として承認してもらうことを目指しました。もともと薬事法にシワというカテゴリー自体が存在しなかったこともあり、承認してもらうのはとても大変でした。そのための物語りを開発責任者が語り、それに共感が集まることで実現していきました。

実践知リーダーシップでSECIモデルの駆動力を上げる

SECIモデルをグルグル回す際に駆動する力を、我々は「実践知(ワイズ)リーダーシップ」または「フロネシス」と呼んでいます。誰かトップやリーダーが引っ張ってやってくれるものだと思いがちですが、一人ひとりが実践知リーダーシップを持つことが大切です。

野中先生はいろいろな方々のリーダーシップを研究した結果、実践知リーダーシップに必要な能力として以下の6つを挙げています。

  1. 「善い」目的をつくる
  2. ありのままの現実を直観する
  3. 場をつくる
  4. 直観の本質を物語る
  5. 物語りを実現する政治力
  6. 実践知を組織する

こうした実践知の基盤になるのは教養、至高体験や多様な経験、実践・伝統・評価です。また、暗黙知をベースとする「身体知(非認知スキル)」も重要です。やり抜く力、自制心、意欲、社会的知性、感謝の気持ち、楽観主義、好奇心といったものです。言い換えるなら人間力の部分も重要なのです。

そして野中先生は、「マネジメントは“生き方”の実践」だとおっしゃっています。自分の思いや信念に基づいた生き方を実践していくということが、マネジメントです。I(私)ではなくWe(私たち)でチームになり、スクラムを組んで取り組んでいってください。

西原先生はこう語り、来場者の拍手の中講演を締めくくりました。

Work Shop:過去の自分の経験を、SECIモデルで振り返る

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西原先生の講演の後は、参加者それぞれが過去の自分の経験をSECIモデルにするワークショップを行いました。最初は個人ごとに付箋や配布した用紙に記入し、SECIモデルを記入していきます。その後、同じテーブルの4〜5人のグループ同士で、お互いに勤務先や地域自治体内で行なってきた経験などをシェアし、「こんな解決方法もあるのでは」という意見交換で話が盛り上がっていました。
グループでの対話の後には、数人の代表者が自身の経験をSECIモデルにしたものを発表しました。実際の仕事や生活の中でも、誰しも自然とSECIモデルを回すような経験をしてきていることがわかりました。

次回予告

ナレッジマネジメントには学術と実技の両輪が必要となりますが、今回は学術に重きを置いてお話していただきました。
次回は10月30日「ナレッジマネジメント」×プロジェクトマネジメント 〜ナレッジマネジメントの現場ーLIXILは知の創造をどう進めてきたのか~を開催予定です。

構成・文・撮影:平田 順子


  1. 『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則』(著:マルコム・グラッドウェル 、訳:高橋啓、SBクリエイティブ刊)でティッピング・ポイントの特徴やメカニズムが紹介されている。

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